昭和40年08月 はんな・さわらび学園の設置経営を主たる目的として、財団法人・榛桐会(しんとうかい)を設立。
昭和43年06月 定員50名をもって施設開園(41年42年施設整備事業完了)
管理棟・第1療育課・給食家政棟・医療事務棟完成(競輪補助事業)
昭和43年08月 職員宿舎・柏木寮完成。
昭和45年03月 定員60床の収容棟を増築し定員110名となる。(44年度競輪補助事業)
昭和47年07月 財団法人・榛桐会を解散し社会福祉法人・榛桐会(しんとうかい)を設立する。
昭和51年04月 10床分削減し定員100名となる。(年長化に伴う面積不足のため)
昭和51年04月 前身施設の「高崎市心身障がい者会館」が開設
昭和56年07月 3床分を変更し定員103名となる。(緊急一時保護事業に対応のため)
平成03年04月 施設名称を『はんな・さわらび療育園』と改める。
平成08年11月 施設の老朽化や機能面、設備面などでその目的を果たすことが困難となり、前身施設の「高崎市心身障がい者会館」を解体
平成08年12月 重症心身障がい児(者)B型通園事業開始。
平成10年06月 従来では補完できなかったサービスに対応、また障がい者や家族の生活状況の変化に応えるために、高崎市が「ハーモニー高崎ケアセンター」を開設
平成10年07月 社会福祉法人榛桐会が身体障がい者ディサービス事業(高崎市心身障がい者ディサービスセンター事業)の運営およびハーモニー高崎ケアセンターの管理委託を開始
平成12年10月 障がい児(者)療育等支援事業(コーディネーター事業)開始。
平成15年04月 指定居宅支援施設事業者(短期入所事業(支援費))の指定を受ける。
平成15年12月 重症心身障がい児・者通園A型(定員1日15名)事業への移行。
平成18年04月 障がい者自立支援法施行
平成24年04月 法改正により重症心身障がい児施設から医療型障がい児施設入所施設および療養介護事業所へ移行
平成24年04月 法改正により重症心身障がい児・者通園A型事業から福祉型障がい児通所施設および生活介護事業所へ移行
平成28年04月 ゾーン・サポートきぬの郷(多機能型通所事業・保育所等訪問支援事業・相談支援事業)開設
平成30年06月 浜川こどもおとなサポートセンター(障がい児者専門歯科・多機能型通所支援事業所・発達障がい児学習支援教室・食育レストラン・相談支援事業所・居宅介護事業所・訪問看護事業所)開設

創立者「鈴木セイ」について

※笑顔で入園者と接する鈴木セイ(1976年頃)

昭和40年8月、重症心身障がい児施設の創立を目的として「財団法人 榛桐会」が創立されました。当時、重症心身障がい児は、どの福祉制度の対象にもならず、関係制度の狭間に置かれていました。
創立者である鈴木セイは、その方々とご家族の救いの一つとなるため、創立を決意しました。
そして、昭和43年6月、「愛と奉仕の精神」を理念とし、群馬県で初の重症心身障がい児施設である「はんな・さわらび学園」を現在地である高崎市榛名山町に開園し、その後、昭和47年7月、「財団法人 榛桐会」を解散し、「社会福祉法人 榛桐会」が創立されました。

鈴木セイ経歴

明治45年3月30日 桐生市境野町に生まれる
昭和13年(26歳) 榛名荘結核保養所の創設 常任理事に就任
昭和17年(30歳) 看護婦免許取得
昭和23年(36歳) 栄養士免許取得
昭和25年(38歳) 榛名荘 財団法人として発足 常任理事に就任
昭和31年(44歳) 社会福祉主事取得
昭和33年(46歳) 社会福祉法人新生会 理事に就任
昭和37年(50歳) 財団法人榛名荘 専務理事に就任
昭和40年(53歳) 財団法人榛桐会設立 常務理事に就任
昭和55年(68歳) 社会福祉法人榛桐会 理事長に就任
平成9年(85歳) 社会福祉法人榛桐会 名誉理事長に就任
平成24年(100歳) 社会福祉法人榛桐会 名誉会長に就任
平成25年1月23日 享年100